tonakai は牧師です。なんで、日曜日はガウンを着て礼拝の奉仕をします。朝7時からの礼拝と10時半からの礼拝、そして夜7時半からの礼拝があります。水曜日の夜には祈祷会というのがあります。これが毎週あるわけですが、これに加えてRAKUSAIゴスペルクワイアーのリハも毎週あるわけです。そのための準備が様々あるわけですが、それ以外にも様々な取り組みがありまして、その一つが家庭集会です。
昨日の午前中にはその家庭集会がありました。讃美歌を歌い、お祈りをし、聖書の学びをするという集まりなのですが、みなさんとてもまじめに参加してくださいます。真剣に聖書の話に耳を傾けてくださるので、こちらもやりがいがあります。私なんかよりはるかに人生経験豊かな方々ばかりで、敬愛するみなさんなのですが、謙虚に耳を傾けてくださいます。本当にありがたいです。
真剣な話し合いの後には、お楽しみのお食事タイム!このメリハリがいいんでしょうね。和気藹々と楽しい会話をしながら美味しいお食事をいただきます。
で、昨日食後に出てきたのがグレープフルーツのゼリー!めっちゃ美味かった!
その雑談の中で「人間万事塞翁が馬」ということわざについての話題になりました。面白い内容です。以下に紹介します。
●人間万事塞翁が馬 (じんかんばんじさいおうがうま)
意味:幸福や不幸は予想のしようのない事の例え
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中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。
さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。
ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。
この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。
「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。
「このことが災いにならないとも限らないよ。」
しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。
「このことが幸福にならないとも限らないよ。」
1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で死んでしまいました。
しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。
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この話は、中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」に書かれています。
「人間万事塞翁が馬」の「人間(じんかん)」とは日本で言う人間(にんげん)の事ではなく、世間(せけん)という意味です。
「塞翁」というのは、城塞に住んでいる「翁(おきな)=老人」という意味です。
「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍(わざわい)へ、また禍(わざわい)から福へと人生に変化をもたらした。まったく禍福というのは予測できないものである。」
という事です。
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